カテゴリ:すばらしき人々( 5 )

七夕は進次郎に会いに行く?

私には七夕にだけ会いに行くような素敵な人はいないけど
2013年7月7日は
小泉進次郎さんを見に香林坊109前に行きました。
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前日の女子会?(友人達とのお食事会)で話題になったので
ちょっと行ってみました。

とっても演説が上手でスゴイ若者!!!

政治的なものは何らありません!
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by c-nest2007 | 2013-07-08 22:35 | すばらしき人々

50年を紡いだ人々、未来を紡ぐ人々

「第九」[千鳥の曲」(16日)
「荘厳ミサ曲」(23日)公演が無事に終り
ほっとして心地よい疲れに浸っていました。
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ちょっと掲載するのが遅れたけれど・・・ゴメンナサイ!

私は今年初めて歌わせてもらったのですが、
50年間第九の公演を続けて行っているのは
日本中で金沢だけだそうです。

オーケストラも合唱もアマチュアの石川県民です。

今回の公演でも50年間関わってこられた方が3名いらっしゃるそうです。

石川県音楽文化協会を率いるの大村松雄先生
今年を最後に引退されるご夫人
第一回は高校生で連続50回出演されている方

この公演をするために多くの方々が
縁の下の力持ちになって動いていらっしゃるのですが
50年間続けるというのは並大抵のことではできません。

たくさんのプロのコンサートがありますが、
こういう県民参加のコンサートも大変貴重だと思います。

クラッシックの大曲を一般市民が歌える機会はまずありません。
1時間20分を超える「荘厳ミサ曲」を歌える合唱団もないそうです。
過去に招かれウィーン公演、ロシア公演を行っている
レベルの高さにも驚かされます。
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6月からの半年間
ときには受験生のように第九を暗譜したり
譜面と格闘することもありましたが、
音楽をする喜びがありました。

何より力を合わせてひとつのものをつくり上げる歓びがありました。

荘厳ミサ曲を演奏した
大韓民国中央大学校音楽大学管弦楽団の若い音楽家の方々との交流もあり
新しい出会いがあったことに感謝です。
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韓国のとてもキレイな音大生からのプレゼントです。
これつけたらキレイになれるかしら・・・
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by c-nest2007 | 2012-12-23 17:59 | すばらしき人々

生まれて初めてのブーケ

暑い夏の日中は時間があればプールに行っています。

ブログを書く時間がなくなったけど
節電だし・・・のんびり過ごしています。

私は4種目平泳ぎ、背泳ぎ、クロール、バタフライ
上手じゃないかもしれませんが全部泳ぎます。
平泳ぎ、背泳ぎは子供の頃から泳げましたが、
30代後半にスクールに行ってマスターしました。

テニスをしてた時期がありますが、
ヘタなのと故障(腱鞘炎)を繰り返しやめました。
水泳は故障がなくてかなり年をとってもできるスポーツなのでお勧めです。

私が小学生の頃は学校にプールがありませんでした。
夏休み、小学1年生の私は近所の仲良しと3人
毎日20分以上離れたプールへ手に十円玉を握りしめて通っていました。
(当時のプールの入場料は10円です)
スクールなどない時代なので
プールの監視員のお兄さんに
「どうしたらいいが?」「どうしたら浮けるが?」
と仲良しと水の中で試行錯誤を繰り返す毎日でした。

ある時プールの帰り道で一人が「おしっこしたい」と言いました。
一人が言い出すと三人ともしたくなり
近所の家でトイレを借りることにしました。
一年生の子供にとってはとても勇気のいることでしたが、
ちょっと良さそうな家の玄関を開けて
(当時はとてものどかな時代で金沢の町中で玄関に鍵をかける家はありませんでした。)
「すいません。プールの帰り・・・。お便所かしてください。」
とお願いしたらおじさんが出てきて貸してくれました。
みんな用を足すと今度は喉が渇いて
「すいません。お水をください。」
とお願いしたらコップを出してくれてお水を飲むことができました。
(当時は自販機などない時代です。)
おじさんに「ありがとうございました」とお辞儀をして
その家を出たのですが、
「あのおじさんに何かお礼をしんといかんわ!」
と言うと他の二人も「そうや!そうや!しんといかんわ!」
ということになり
「空き地のお花を摘んでこよう」
と三人で空き地の雑草の花を摘み花束をつくり
おじさんの家にとんぼ帰りをして渡しました。

二学期が始まった日の全校朝礼の体育館で
「この学校の生徒で知らない家でトイレを借りた人たちがいます」
と言う校長先生のお話が始まった時、
1年生の私は怒られると思いヒヤッとしました。
でもその後に
そのおじさんがとてもうれしかったので学校に挨拶に来られたこと
私たちが礼儀正しかったこと
心をこめて空き地のお花を贈ったことなどが紹介され
怒られなくてホットしたことと、ちょっと誇らしかったことを今も鮮明に覚えています。

あのおじさんのおかげで
心に思ったことを実行に移すことに
あまりためらわない自分になったのではと思っています。

子供の時の体験はどんな小さなことでも
後に続く長い人生に影響するのではと思います。


今、息子の花嫁のためにブーケの試作をしています。
どうぞ幸せになってくださいと思いを込めて・・・!
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このブログは後で編集してまだ見ぬ子孫に残そうと思います。
こんな時代があったこと、こんなおばあさんがいたことがわかっておもしろいかも・・・
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by c-nest2007 | 2012-08-13 02:14 | すばらしき人々

in vivo   in vitro    藤野先生

藤野恒三郎先生は細菌学者として高名な先生です。
食中毒をひきおこす腸炎ビブリオ菌の発見者です。

私のブログに先生のことを書かせて頂くのは
失礼なような気もするのですが、
この先生から私は物の見方、思考の仕方を
生まれて初めて教えて頂きました。

「インテリアのエキス」と題して
初めてインテリアのお話をまとめたものをさせていただきます。

藤野先生に教えて頂いたのは「微生物学」「免疫学」です。
インテリアとはまったく関係のない分野ですが、
物をどの視点でとらえ自分の思考をうまく組み立てていくか・・・。
(上手に表現できませんが)
を教えていただきました。

in vivo 生体内でおこっていること
in vitro 体外の  試験管内の
という医学的なもののとらえ方のお話に始まり、
専門的なこと以外にも
時間の使い方、新聞の読み方など
人生を有意義なものにするためのお話を
授業の合間にしてくださいました。

大変気迫のある先生で授業時間5分前に着席していなければ
授業を聞くことを許されませんでした。
この先生の講義だけは全員5分前に着席し
私語をするものなどいなく
静かな教室に先生の声だけが響きました。
皆一生懸命に先生の一言一句を聞き逃すまいとつとめました。

先生がいらっしゃるだけで清々しい空気になりました。
このような先生はもういらっしゃらないと思います。
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by c-nest2007 | 2011-07-20 23:52 | すばらしき人々

6月の夢のようなテーブル

30年以上の歳月が流れても忘れられないテーブルがあります。
この小さな古い写真に写っている中央の和服の若い女性が私です。
後ろ姿ですが
左の男性が三浦朱門さん、女性は奥様で作家の曽野綾子さんです。
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親友Dの結婚披露宴の思い出です。
当時は6月に結婚式をする人はまれで
あわてて母が一重の振袖をあつらえてくれたので覚えています。

会場に行くエレベーターからご夫妻とは一緒で
とても緊張していたと思うのですが、
三浦さんも曽野さんもやさしい眼差しで緊張をほぐしてくださり、
一緒のテーブルに着く頃にはなごやかに楽しくお話ができました。
日本の知性、教養の代表のようなお二人を前にして、
(当時は日本のサルトルとボーボワールみたいなお二人なのかと思っていた。)
知性も教養もない22歳の私は
知的な会話などできるはずもなく、
いつものようにDとのたわいもない高校時代のエピソードなどを話したと思います。
三浦さんが話が続くように時々質問してくださり、
曽野さんもニコニコと若い娘の話に耳を傾けてくださいました。

同じテーブルの友人達もご夫妻と同じテーブルで
緊張はしたけれど幸せだったと思います。

曽野さんがお子さんの頃、終戦前後の10ヵ月間を金沢で過ごされ
その時にお友達になられたのがDのお母様でした。
私が高校の頃、帰りにDの家に行った時
「今、曽野さんが帰られたところよ」
とDのお母様が言われ新しい本を見せてくださったのを覚えています。
その友情が一昨年Dのお母様がお亡くなりになるまで続くのですから
人の出会いには縁があると思います。

Dはラッキー・ガールで
お二人のお宅に数ヶ月間居候をさせて頂いたのですから、
なんともうらやましい話です。

さて、この披露宴の曽野さんのスピーチが心に残りました。
30年以上たっても覚えているのですから・・・。

「金沢の女性は結婚すると嫁いだ家のカラーに
染まらなければならないみたいに思っているけど、
あなたは自分というものをしっかり持って生きていきなさい!

という内容でした。
30年以上前の金沢での良家の結婚披露宴で
封建的な考え方がほとんどの招待客の前で
堂々とスピーチされたので
会場はほんのちょっと唖然とした空気が流れたように覚えていますが、
22歳のまだ未婚の私には
直球ストライク!しっかり心で受け止めるスピーチになりました。

今、曽野さんは地元新聞にエッセイを掲載してくださり
毎週楽しみに読ませて頂いていますが、
豪腕は健在でいつも直球ストライク!だと思います。

私とDも長い付き合いです。
東京と金沢と離れて住んでいますが、年数回は会うのですから
女同士の友情もたいしたものです!
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by c-nest2007 | 2011-06-30 22:38 | すばらしき人々